その瞳で伝えて

今日もまた、繰り返す。
毎日毎日、同じような日々。

「あー、疲れた」

家に帰ってバッグを投げ捨て、ソファーに身を沈める。
ジャケットのポケットに入れてあった携帯を手に取って操作。
誰からも連絡はない。

「いつものこと、か」

頻繁に連絡を取り合う相手なんかいない。
いなく、なった。

「こういうとき、彼氏がいないのは辛いわ」

数ヶ月前、彼氏と別れた。
それまでは毎日私の携帯は大活躍。
お互い仕事が忙しくてなかなか会えない私たちを繋ぐ唯一のものだった。
だけど結局、この小さな固まりに、そんなに強い力はなくて。
ぎゅっと握っていたのは携帯だけ。
相手の手は……いつの間にか離してしまっていた。

「未練たらたらなんて、情けない」

フラれたのは私。
相手が、今はもう恋愛とかに時間をかけていられないと言ったから、別れた。
正直私も彼と同等くらいには忙しかった。
それでも、彼がいたから、彼の存在があったから、毎日の残業だって頑張れたのだ。
でも彼は違った。
私の存在は、彼の重荷となった。
そんなふうにすれ違ってしまったら、答えはひとつだ。

「結婚とか、意識してたんですけどねー」

誰もいない部屋で、ひとり呟く。
そんな今が情けなくて、切なくて。
だけど時間は巻き戻せないし、彼は戻ってこない。

「っしゃ、ご飯作ろう!!」

気合いを入れて、キッチンへと向かった。



「また寝不足? クマひどいよ?」
「朝からうるさいなぁ」

朝、会社に出勤すると隣の席の男が私の顔を覗き込んだ。
同期入社のこの男、島野は、どこか冴えない風貌をしているのだけど、実は仕事がかなり出来る。

「録画してそのまんまだったドラマ見始めたら止まらなくなったパターンでしょ?」
「なんでわかるのよ」

島野が長い前髪を揺らしながら言った言葉は、まさしく正解だった。
その前髪さっさと切れよ、と心の中で思いながら、私は自分の席に着く。

「もう何年隣の席で仕事してるの思ってんの。
昨日はいつもより早く帰れた方だし、武田さんがすることなんてそれくらいでしょ」
「そういうあんたはいつもその前髪で顔色も何もわかんないわよ」

よれよれのスーツにぼさぼさの髪。
ほんっとに冴えない。

「美容院ってものが嫌いだからさぁ。自分でも切れないし」
「切ってやろーか」
「え、いいの?」

いっそ坊主にでもしてやりたい。
そんなふざけた考えで口にしたことを、奴は本気にしたらしい。

「どうなってもいいのなら切ってやるわよ」
「え、どうなってもいいっていうのは……。
せめて人前に出られる感じにはしてほしいかな」

注文が多いな。
……別に多くはないか。

「いいわよ、昼休み屋上ね」
「え、今日?!」



そして昼休み。
さっさとお昼を済ませた私と島野は、屋上に来ていた。
パイプ椅子と新聞紙を奴が持ち、私はハサミを手にしている。
もちろん普通のハサミ。The 文房具。

「よし、そこ座って」
「なんかすごく心配になってきたけどマジで大丈夫?」
「私を信じろ」
「……了解」

腹を括ったように、島野は目を閉じる。
すっと髪に触れると、ふんわりと柔らかかった。
かなり、意外。

「髪の毛、さらさら」
「そう?」

小さく呟くと、島野は嬉しそうな声を出す。
私はそのさらさらな髪の毛を、少しずつ切り始めた。
実はこういうの、結構得意。

「ねぇ、武田さんさぁ」

しばらく黙っていた島野が、突然口を開く。
びっくりして髪の毛の束を切りそうになった。危ない。

「何?」
「彼氏と、別れた?」

固まった。
こいつは何を言ってるんだ?
っていうか私この男に彼氏がいるって言ったことあったっけ?

「最近、毎日めちゃくちゃつまらなさそうな顔してる」
「なんでそんなの、わかんのよ」
「そりゃ、毎日見てるから」

ドキッとした。不覚にも。
でも別に、そんな深い意味はないよね?
同じ会社に勤めてるんだもん。
毎日顔合わせてることには間違いないし。

「溜息の回数めっちゃ増えたこと、自分で気付いてないの?」
「う……」

そうなの? 私ってばそんな露骨に出てたの?
そりゃこいつでも気付くかな。

「それまでの武田さん、仕事忙しくてもなんか元気だったからさ。
支えがあるんだなぁと思ってたんだよね。
でも急に覇気がなくなったから、あー、彼氏と別れたのかなぁって思って」

あぁ、大正解さ。
ほんとにこいつの言うことは、いつだって正解だから悔しいな。

「あんたの言う通りよ。つい最近フラれた」
「ふーん」

ふーん、って。それだけか。聞いてきたのはそっちのくせに。
なんかイライラする。
なんで私も素直に喋っちゃってるかな。

「もったいないことしたね」
「は?」
「いや、なんでもない」

意味がわからない。
とりあえずイライラするから、髪の毛を切ることに集中する。

「後ろは大体いいかな。前髪切るわよ」
「うん」

奴の前に回り、向かい合う形になる。
前髪を束にして持ちあげると、目が合った。

「うっ」

思わず声が出てしまった。
何故かはわからない。
わからないけど、見るんじゃなかったと、思った。

「今呻き声上げなかった?」

笑いながら島野が言う。
私はその言葉を無視して前髪を切り始めた。
なんか、ダメだ。
こいつの目、見ちゃいけない気がする。

「ちゃんと目が見えるくらいに、切っていいのね?」
「うん、いいよー」

切ってしまったら、私はこいつの目を見なければいけない。
なんとなく、そうなってしまうと、なんとなく。
繰り返しの毎日が、壊れる気がした。



「俺、武田さんが好きだよ」

ほら、やっぱり。
私に髪の毛を切られたあいつは、にこにこと笑って。
真っ直ぐに私の目を見て、そう、言ったんだ。





【あとがき】
というわけで30万Hit御礼小説でございます。
なんじゃこの中途半端はー!!!と怒られるかしら。笑
意識的に中途半端感を出したんですけどね。
なんだか文章書くのが久しぶり過ぎて緊張しましたー。
でも、楽しかったです!!
あまりちゃんとした作品にはなってないかもしれないですけど、30万Hitのお礼とさせてくださいませ。

20万Hitから早3年。
更新のろのろで、本当に半分閉鎖してるんじゃないかってくらい動いてないサイトでしたが……
皆様のお陰で30万Hitを迎えることが出来ました。
本当に本当に、感謝しています。
40万Hitはいつになるやらわかりませんが、ゆっくり頑張っていきたいと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。

未希






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