Smile

「北村さん、クリスマスの予定はありますか?」
「は、い?」

お昼の休憩中。
私は事務所で一人、コーヒーを飲んでいた。
他の社員は外に食べに行っていて、まだ帰っていない。
そこに現れたのは、大学生バイトの男の子。
私より7歳も年下の、可愛い可愛い男の子。

「飯田くん、私のクリスマスの予定なんて聞いてどうするおつもりで?」
「え、あ、いや……、よければ、一緒に食事とか行ってもらえないかと思って!」

なんだこれ。デートの誘い?
7歳も年上の私に?

「っていうか君彼女いなかったっけ」

確か他の女性社員とそんなような話をしていたような気がする。
一度彼女はうちの会社にも来たことがあるとかないとか。

「え、北村さん知ってたんですか……」
「何? 彼女がいるのに私を誘うわけー?」
「違いますよ!! その、彼女とはこの間別れて……」

別れた。
つまり彼は今フリーだと。
だから、私を誘うんだと、そういうこと?

「軽い気持ちで大丈夫なんで、一度、一緒に食事行ってくれませんか…」
「軽い気持ちでクリスマス?」

思わず苦笑。
きっと出かければ周りはカップルだらけ。
そんな中に、軽い気持ちで年下男子と食事に行けと。

「いや、じゃあもうクリスマスとかこだわらないです!! 一緒に食事に行ってください!!!」

なんでこんなに必死なんだか。
可愛いなぁ、本当に。
こんなふうにされたら、隠していた気持ちが流れ出てきそうになる。

そう、つまり。

「わかった。いいよ」

願ったり叶ったり、ってやつなんだ、実は。
本当は今、他人にドン引きされるくらいには舞い上がってる。

私は、彼のことがずっと気になっていた。
最初はなんて無愛想な奴なんだと思ったけれど、それは緊張と人見知りによるもので。
徐々に心を開いてくれた彼が見せる笑顔は、とても安心出来るものだった。
彼の笑顔に、惹かれてしまった。
だけど7歳も年下の男の子だ。
簡単に自分の気持ちを表に出すことは出来なかった。
何より、彼女がいると知ってからはより一層気持ちは封印してしまっていた。

「本当ですか?! よっしゃ!!」

本当に嬉しそうに、彼が笑うから。
私の大好きな笑顔で、笑うから。
厳重に鍵をかけて封印していたはずの気持ちは、いとも簡単に溢れ出す。

「ほんと、その笑顔には弱いわ」
「え? 何か言いましたか?」
「うぅん。なんでもない」

まだ、言えない。
彼がどんな気持ちで私を誘ったのか、まだわからないから。
これで恋愛相談とか持ちかけられたらどうしよう。
うわぁ、ありえそうだ。
そう考えたら、もう一度気持ちに封印をかける。
前よりはずっと簡単な封印になってしまうけれど。

「クリスマス、でも、いいですか?」
「やけにこだわるね、クリスマスに」
「いやー、実はもう予約入れちゃってて」
「はぁ?!」

彼の言葉に、まず驚く。
もう予約入れてる? 私がOKするかもわからないのに?
え、いや、ちょっと待ってそれって……。

「他の人と行こうと思って予約してたのに、その人と行けなくなったから、私を誘った、とか?」

なんとも嫌な考え方だ。
でも、そう考えたらとても自然だった。
彼女と行くために予約を取ったけれど、別れてしまったから……だから、私と。

「いや、いやいやいや!! そんなんじゃないです!!
北村さんと一緒に行きたくて予約取ったんです信じてください!!!」

あまりにも必死に彼が否定するから。
また、鍵がぽろりと落ちる。
期待しても、いいのかな?
いやでも……。

「俺、そんな器用じゃないです。俺のこと不器用だって言ったの、北村さんじゃないですか」

そう、彼は不器用だ。
優しい性格であるが故の、不器用人間。
それはわかってるけれど、やっぱりまだ信じられない。

「24日、19時にF駅で待ち合わせでもいいですか?」
「F駅? う、うん。わかった」

そうして、私のクリスマスの予定が埋まった。




「北村さん。こっちです」

24日。
ついにこの日がやってきた。
指定された駅に着くと、笑顔の彼がそこにいた。
この笑顔を見ると、年甲斐もなく、胸がときめく。

「ごめんね、こんな寒い中待たせちゃった?」
「いえ全然。さっきまでそっちの中にいましたから。そろそろ北村さん来る頃かなと思って出てきたんです」

ってことは、結構待ったってこと?
一応待ち合わせの19時よりは早く着いたんだけど。

「それじゃあ、行きましょうか」
「あ、うん」

歩き始めた彼の後を追う。
彼がちらりと私を振り返ったから、私はすっと彼の隣まで歩を進めた。
隣を歩くなんて、初めて。

「こんなふうに隣歩くなんて、初めてですね」

突然彼が言う。
同じこと、考えてた。
こんなことに嬉しさを感じてしまうなんて……完全に乙女モードに入ってしまっている。



「え、ここ……」

辿り着いたお店の前。
私は驚いていた。
ここは、このお店は、ついこの間同僚たちと話題に上っていて、めちゃくちゃ行きたかったお店だ。

「北村さん、ここ行きたいって言ってましたよね?」
「えぇ?! なんで知ってるの?!」
「事務所で話してるの、実は聞いてました」
「そ、そうなんだ……」

そんな、他愛のない話を覚えていてくれて、予約を取ってくれて、誘ってくれて。
こんなことされたら、やっぱり期待してしまうし、もっともっと彼に惹かれてしまう。
必死にブレーキをかけようとする自分がいた。

「入りましょ」
「うん……」



「なんか、北村さんいつもと雰囲気違いますね」
「えっ」

店内に入り、席に案内されて、コートを脱いだ私を見て彼が目を細める。
その表情にいちいちドキドキしてしまう自分がいた。

「まぁ、いつも会社の制服姿しか見てないから当然かな」

意識しないようにとは思っても、ついつい気合いの入ってしまった今日のコーディネート。
大学生の彼と歩くのだから、あまり大人っぽ過ぎてもいけないし、若作り過ぎてもいけない。
悩みに悩んでシンプルなワンピースにしてきたんだけど……これで正解だったのかな。

「飯田くんも、いつもとちょっと違うね」

彼はバイトに来る時はいつも私服だ。
でも、今日はバイトのときとはまた違った雰囲気を感じる。

「これでも一応大人っぽく見えるようにしてきたんですけど、おかしいですか?」

彼の言葉にきょとんとしてしまう。
大人っぽく見えるように。
それは、相手が私だから?
私が考えるのと同じように、彼も考えていてくれたのかと思うと、顔が熱くなった。

「似合ってるよ」
「ほんとですか? ありがとうございます」

なんか、なんかもう、この空気むずがゆい!!
今すぐ逃げ出したい気持ちになった。
こんなのは、久しぶりだったから。

「北村さん、何食べますか? これとこれがオススメだって聞きましたけど」
「え、あ、うん。これがいい」

ここに来たら絶対これを食べるんだと前々から思っていた物があった私は、すぐにメニューを決めた。
彼は私が選んだのとは違うオススメメニューにするようだ。
すぐに店員を呼んで注文。
そして訪れる、沈黙。
会社でしか会うことがない私たちだから、そんなに親しいわけでもないし、何を話していいのかわからない。
彼も、少し困っているように見えた。

「飯田くん、今2年生だよね? 来年になったら就活とかするの?」

年上として、ここは自分から話さなければと思った私。
27歳にもなってなんでこんな緊張してるんだか。

「あー、そうですね、しなきゃいけないですね」
「バイトは、どうするの? しばらく休むの? それとも、辞める?」

いきなりなんてことを聞いているんだと自分で思う。
でも、実はこれはずっと気になっていたことで。
就活ともなれば忙しくて、バイトに来ることも難しくなるだろう。
続けてくれるのか、辞めてしまうのか。
今まで彼に聞きたくても聞けなかった。

「……俺、このまま就職とか出来ないですかね?」
「え、それって、うちの会社にってこと?」

彼はこくりと頷く。
照れたように、はにかみながら。

「うーん。社長に聞いてみたら? 飯田くんよく働いてくれてるって社長言ってたし」
「マジですか? じゃあ聞いてみようかなー……」

社員とバイト、じゃなくて、同僚になれるなら、私にとっても嬉しいことだ。
これからもずっと、彼の笑顔を見続けることが出来るんだから。

「でもいいの? もっと色んな会社見てみた方がいいんじゃない?」

うちに来てほしいのは本心だけれど、バイトと社員じゃまた色々と違ってくる。
彼の本当にやりたいことをやった方がいいと思うのも、また本心だ。

「やっぱり甘いですかね? バイト先にそのまま就職させてもらおうとか」
「いや、甘いとかそういうことじゃなくて……」
「好きな人の側にいたいからとか、動機が不純ですよね」
「……え?」

今さらっとものすごいことを言わなかっただろうか。
私の気の所為か?
好きな人って、聞こえた気がしたんだけど。

「飯田くん……?」
「はい」
「今、好きな人って言った?」
「……はい」

苦笑いの彼。
やっぱり、聞き間違いじゃなかったんだ。
好きな人。
うちの会社に、彼の好きな人が、いる。

「そ、その人のこと相談するために今日私を誘った、とか?」

嫌だなぁ、予感的中?
途端に帰りたくなってきた。
思わず俯いてしまう。

「えっ、なんでそうなるんですか!!」

慌てた声に、ちょっと呆れた感じが混ざってる。
よくわからなくて彼の目を見る。

「そんな顔しないでください……」

どんな顔、してるんだろう。
自分じゃわからない。
でもきっと、泣きそうな顔、してるんだろうな。
ここまで態度に出やすい性格だったかなぁ、私。

「クリスマス、ですよ?」
「え?」

突然の彼の言葉。
私はさっぱり意味がわからない。

「今日、クリスマス・イブです」
「う、うん」
「そんな日に俺は、北村さんを誘ったんですよ?」
「う、うん」
「それで今の話の流れで、普通はわかると思うんですけど」
「え、え?」

まったく頭が働かなくなった。
プシューっと音を立ててショートする。
彼は一体、何を言いたい?
でも、なんとなく自分の口元が上がるのがわかった。
それは、彼の言いたいことを理解してるとか、そういうことじゃない。
期待、が、生まれる。

「俺、北村さんが好きなんです」

はっきりと、彼が告げる。
私は大きく目を見開いて固まった。
期待が、現実になった。

「わ、私君より7つも年上だよ?!」

思わず出てきた言葉はそれだった。
20歳の男の子が、27歳の女のことを好きになるなんて、あるの?
いやそりゃあるのかもしれないけど、でも、自分を、なんて。
いまいち信じられない。

「俺、ちょっと今から恥ずかしいこと言いますけど……」

そう前置きしてから、彼は話し始めた。
それは、本当に恥ずかしいことだった。

「俺はですね、北村さんの笑った顔が好きなんです。
最初は何も思わなかったけど、会社で会う度に、俺に笑いかけてくれる北村さんのことが気になりだして……。
北村さんの笑った顔見ると、落ち着くっていうか、安心します。
これからもずっと、俺の隣でそうやって笑っててほしいなと、思うわけです」

私が彼の笑顔に惹かれているのと同じように、彼も、私に?
なんだその幸せ過ぎる展開。

「7つも年下の男は頼りないと思いますけど……ダメでしょうか?」
「ダメじゃ……ないです」

ダメなはずがないじゃないか。
こんなにこんなに嬉しいのに、幸せなのに、ダメなはずないじゃないか。

「私も、飯田くんのことが好きです」

そう言って、恐る恐る彼を見ると、私の大好きな顔で、笑ってくれていた。
どうしよう。今人生の絶頂期かもしれない。

「よかった……。
8割方フラれる方で予想してたので、今ほんとにほっとしてます」

そう言って、彼はグラスに入った水を口にする。
なんとなく私も。
喉がカラカラに乾いていたことに、今初めて気付いた。

「北村さんから見れば俺なんてほんとガキだろうと思うし、会社での接し方もなんか弟みたいな感じがしてたんで……ほんと、ダメ元でした」

たぶん私たち、ほとんど同じことを思いながら生活してたんだろうなぁ。
私は7つも年上の自分を彼が恋愛対象に見るはずがないと思っていた。
彼は7つも年下の自分を私が恋愛対象に見るはずがないと思っていた。
同じように、お互いの笑顔に心惹かれながら。

「これから、よろしくお願いします、朱里さん」
「わ、私の名前知ってたんだ……」
「そりゃ知ってますよ。朱里さんは俺の名前知ってますか?」
「えっと……なんだっけ」
「えー!!」

こうして私は、7つも年下の男の子と付き合うことになった。





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