Save me,Need me

「俺にしとけば? 俺、結構いい物件だと思うけどね」



人生で二度目の経験。
彼氏に浮気された。
ボロボロになるまで泣いて、泣いて、泣いて。
まず一番最初に連絡したのは高校からの友人である野網拓也だった。
野網は私からの連絡の後、すぐにうちにやってきた。
袋いっぱいの缶ビールを持って。

「よぉ。……お前、ひでぇ顔してんなぁ」

インターホンが鳴って、玄関の扉を開けて野網と顔を合わせる。
野網の第一声はそれだった。

「ほれ、ビール買ってきたぞ」
「あり、がと」

野網から袋を受け取る。重い。
それじゃあ部屋の中へ、と思った時、私は気付く。
野網がうちに来るのは初めてじゃない。
でも、こうして野網が一人で来るのは初めてなのだ。
少し、気まずい。

「俺、上がってもいいか? それともやっぱ、外出るか?」

野網も、同じことを考えていたらしい。
抵抗がないわけじゃなかったけれど。
でも今の私は野網の言う通りひどい顔をしていて。
さすがにこの状態で外に出る気にはなれなかった。

「いいよ、上がって」

そうして私は、野網を部屋に上げた。



「さてと、明日はちょうど土曜で休み。とことん飲むぞ」

野網は椅子に座ると早速袋に手を伸ばした。
自分の分と私の分、1本ずつ缶ビールを手に取る。

「浮気するようなバカ男、飲んで忘れちまえ」

ニカッと笑った野網。
あぁ、こいつを呼んでよかったと、心の底から思った。

「よしっ、飲もう!!」

泣き腫らしたその顔のまま、私は無理矢理笑った。
そして野網からビールを受け取り、ぐいっと喉へ流し込む。

「あー、おいしっ!!」
「いい飲みっぷりですねぇ、瀬戸さん」

笑いながら野網もビールを煽る。
いつもとは少し違う飲み方に、すぐに気付く。
きっと、私に合わせようとしてくれてる。
こいつのこういう所、ひどく安心するんだ。

「んで? その彼氏とは、どうなったんだよ」
「えっ、どうなったって……」

突然、そんな話をするものだから。
少しうろたえてしまった。

「別れたのか? それとも、まだ付き合うのか?」
「……付き合えるわけ、ないでしょ」
「まっ、だろうな」

そうしてまた野網はぐいっとビールを飲む。
やっぱり、いつもと雰囲気が違う。

「私って、見る目ないのかな」
「……一概には言えねぇけどな」
「否定は出来ない、って?」

私が言うと、野網は苦笑する。
それはつまり「YES」ということだ。

「やっぱり、そっか」
「いや、別にだからってお前が悪いってわけじゃないだろ?
明らかに相手の方が悪いんだ。お前が自分責める必要はない」

私のためを思って言ってくれるその言葉。
だけど、私の心にある黒い影は膨らむ一方で。

「私にさぁ、女としての魅力っていうか、そういうのがもっとあったら、浮気なんてされなかったのかな?」
「瀬戸?」
「私ってそんな、魅力、ないかなぁ?」

溢れそうな涙。
それでもぐっと堪えた。野網の前だから。
だけど次の瞬間。

「そんなことねぇよ。お前は、俺が知ってる限りいい女だよ、マジで」

びっくりした。
野網にそんなことを言われるなんて。
でも、嬉しくて。
今は、とにかく誰かに自分を認めてほしかった。
彼氏に浮気されて、そんなことで、なんだか自分はいらない人間なんじゃないかって思ってしまって。
だから、言ってほしかった。
誰かに、私のことが、必要だと。

「俺と、付き合うか?」

次に聞こえてきた野網の声は、とても、真剣で。
私はまた更に驚いて野網の顔を見る。

「俺にしとけば? 俺、結構いい物件だと思うけどね」

野網は、友達。
本当に仲のいい、気の置けない友達。
なんでも相談出来て、愚痴れて、バカ言い合えて。
そんな野網からの、突然の言葉。

「だっ、だって野網……彼女、いなかったっけ」
「あぁ、別れたよ。お前には言ってなかったんだけどさ、実は、俺も浮気された」
「えっ……」

そんな、ことって。
なんで、こんなタイミングで、それを。

「俺のこと、ただの友達にしか見れない?」
「っ……! の、野網は、私のこと、女として、見れるの?」
「見れるよ。つうか見てる。もう既に」

何それ何それ何それ。
いつから? どこから? どうして?

「さっきお前が俺に電話してきたとき、俺聞いたじゃん。
今から行くか? それとも他の誰か呼んだか? ってさ。
でもお前、俺に一番最初に電話したから誰も来ないとか言いやがっただろ」

言った。確かに。
だって本当に、他の誰にもまだ言ってなくて。
一番が、野網だったから。

「辛いときに、一番最初に俺のこと思い浮かんでくれたんだろ」

や、だ。
なんでそんなふうに笑うの。
私の見たことのない、そんな、柔らかい笑顔で。

「お前のこと、俺が守ってやるよ。これからずっと。
だから、お前傷つけるアホのことはさっさと忘れて、俺の隣にいてくれねぇ?
……友達じゃなくて、彼女として」

ズルイと、思った。
こんな弱ってるときに、そんな優しい言葉。
私が望んでやまなかった、私を必要としてくれる、言葉。
私を、包んでくれる言葉。

「弱ってる女につけこむなんて卑怯じゃない?」

精一杯の虚勢を張って、そんなことを言ってみる。
だけど私の顔は既に真っ赤で。
なんの力もないことはわかってる。

「チャンスは逃したくないんでね」
「酔っ払ってんじゃないの?」
「まだ全然飲んでねぇよ」
「……卑怯、者」

傷付いて、ぐちゃぐちゃになった心。
それを一瞬で、解いてしまうなんて。
ほんと卑怯だこの男。

「お互い、シラフのときにもう一回言ってよ……。じゃなきゃ、信じられない」

こんなのもう、OKだと言っているようなものだ。
野網の彼女になる、と。
でも、私は失恋したばかりで。
まだ100%野網の方を向くことは出来なくて。
今度、シラフのときに会って、そのとき野網がもう一度私に気持ちを告げてくれるまで。
それまでに私も心の整理をしようと思った。

「はぁ。こんな恥ずかしいこともう一回言うのかよ」
「別にいいけど。もう言わなくても」
「あほ。言うよ。それでお前が手に入るならな」

何よ結局、恥ずかしいこと言いまくってるじゃない。
それは口には出来なかったけど。
私はただ顔を真っ赤にして俯くことしか出来なかった。








「よぉ。……どう? 俺みたいな良物件、逃す手はないと思うんだけど」
「……バーカ」

土曜のお昼。
待ち合わせたカフェの前。
私の顔を見た瞬間、野網がそんなことを言うから。
なんかもう、可笑しくて仕方なかった。





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