行かないで。
俺を置いて行かないで。
側にいて。
そんなこと、言えない……。

行かないで

「和昌〜? 何ぼーっとしてんの?」

突然顔を覗き込まれて、俺は後ずさる。
目の前にあるのは雛子の顔。
毎日のように見てるその顔。

「ごめん。なんでもない」

そう答えて、雛子の髪に触れる。
雛子はくすぐったそうに目を細めてから、俺を見た。

「疲れてる? 眠いなら寝ていいよ」

そう言って俺の頬に触れてくる。
俺の顔色を確かめるように。

「平気だよ」
「ホントにぃ? 和昌すぐ無理するんだもん。心配だよ」

本当に心配そうな目で俺を見る雛子。
俺の表じゃなくて、裏までずっと見ているような目。

「こうやって雛子と会ってるから大丈夫」

仕事が終わると、即雛子の家に向かう。
そういう生活をしてた。
一日に一回は雛子に会わなきゃ気がすまない。
呼吸が出来なくなる。
俺は、雛子に依存していた。

「毎日毎日会いに来てくれるのは嬉しいけど……体壊したら元も子もないんだからね?」

時に母親のように、俺を心配する雛子。
それがうっとおしく思う日もあったけど、今は何より落ち着く。
雛子の存在だけが俺を支える。

「特に最近の和昌はおかしいんだから」

そう言われて、ギクッとした。
やっぱり、バレてる……?

「和昌はいっつも自分の中に閉じ込めちゃうから心配なんだよ?
たまには私に話してって言ってるのに」

話せないよ。
こんな気持ち話せない。
こんな女々しい気持ち、知られたくないんだ。

「俺は大丈夫だよ。心配いらないって」
「ホントに? なら、いいんだけど」

まだ何か言いたそうに、雛子は俺を見た。
だけどそれ以上何も言おうとはせず、そっと俺に触れてくる。
だから俺も、そんな雛子を抱きしめる。

「ねぇ、今日泊まってっていい?」
「明日朝早いんでしょ」
「こっから行くからいい。どうせ服とか置いてあるし」

一人暮らしの雛子の部屋。
この部屋の中には至る所に俺のものがある。
いつ来てもいいようにと、俺が少しずつ置いていったものたち。

「仕方ないなぁ。寂しがり屋の和昌君のためにお姉さんが一緒に寝てあげましょうか」

俺をからかったその言葉が。
すべてを見透かしているようで怖かった。




「和昌〜、私もう寝るよ〜?」
「あ、待って。俺も行く」

0時過ぎ。
ベッドに向かおうとする雛子を追いかけた。
二人で布団に潜り込む。

「和昌足冷たい!!」
「それ毎回言ってない?」
「もぉ〜、触らないで、冷たいから!!」

そう言われたらなんかいじめてやりたくなって、ペタペタと雛子の足に触れる。
雛子は夜中だってのにギャーギャー言いながら俺を叩いた。

「もぉ、バカ和昌!! 早く寝るよ!!」

そうしてピタッと動きを止めて、雛子は目を閉じる。
俺はそんな雛子の顔をじっと見ていた。

「どこにも、行く、なよ……?」

無意識に呟いた言葉。
しまったと思ったときにはもう遅い。
パッチリと目を開けた雛子が俺を見てた。

「どうしてほしい?」

微笑した雛子がそう言った。
どうしてって……。

「和昌の中にある不安、どうしたら拭える? 私は何が出来る?」

そんなの、ひとつしかないよ。
たった、ひとつだけ。

「これからもずっと側にいてほしい……。
頼むから、どこにも行かないで……」

本当はこんなこと言いたくなかったんだ。
女々しい俺なんか見てほしくなかった。
だけど雛子の目を見ていたら……。

「大丈夫。どこにも行かないよ。私はずっと和昌の側にいる」
「……ホントかよ」
「何よ、疑う気?」

頬を膨らませた雛子。
その様子はとても俺より年上とは思えなくて。
思わず笑ってしまった。

「俺には、雛子だけなの。だから、これからもずっと俺と一緒にいて……」

他の奴なんて考えられないから。
俺にはもう雛子しかいない。

「仕方ないから……一緒にいてあげる」

余裕な笑顔を見せる雛子にキスをして、抱きしめあったまま俺達は眠りについた。


どこにも行かないで。
このぬくもりを、永遠に手放したくない。





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