今すぐ抱きしめて

「こーき」

甘えた声で俺の後ろから抱き着いてくる沙奈。
誰よりも、何よりも愛しい俺の彼女。

「何〜?」
「こっち向いて」

あぁ〜、今日はその日なのね。
俺は何も言わず沙奈の方を向いた。
にこっと笑う沙奈。
可愛すぎてクラクラする。

「キス、してほしい」

俺は言われるがままに沙奈の唇にキスを落とす。
ちゅっと音を立てた軽いキス。

「ぎゅ〜って、して?」

これまた言われるがままに、小さな体をぎゅっと抱きしめる。
沙奈は俺の腕の中で幸せそうに息をついた。

「よしっ、ありがと」

そう言った沙奈は勢いよく俺から離れて、寝転がって雑誌を読み始めた。
俺はそんな沙奈をただ見つめていた。




沙奈は、物分りがいい。
良すぎるほどいいんだ。
仕事仕事でなかなか会ってやれない俺に、文句ひとつ言わない。
電話やメールも、すべて俺の都合を優先してくれる。
そういうのって嬉しいけど……なんか物足りない気がするのも本音だった。

「沙奈、言いたいこと言っていいよ?」

俺はいつか沙奈にそう言った。
そしたら沙奈はやっぱり首を横に振る。

「私は光輝の重荷にはなりたくない」

それが沙奈の口癖のようなもの。
だけどそれって違う。
重荷とか、そんなのになるはずないじゃん。
俺は沙奈が好きなんだから。

「我儘言ってくれた方が俺は嬉しい」

そう言った俺のことを、沙奈はじぃ〜っと見つめてきた。
だから俺も見つめ返す。

「……今までずっと我慢してきたもん。
今更我儘言えって言われても無理だよ」

やっぱり、我慢してきたんだ。
本当は俺に言いたいことがあったはず。
だけどいつしか、我慢することが沙奈の中で“当たり前”になってて。

「じゃあさ、無理にとは言わないから……。
もし沙奈が“あぁ〜、我儘言いたいな〜”って思うときがあったらなんでも言って。
なんかさ、あるじゃん。
どうしても我慢出来ないときとか、我慢出来ないこととか。
そういうの、言ってくれていいから」

俺のその言葉に、沙奈はしばらく考えた後頷いた。




それから。
沙奈はごくごくたまに今みたいな我儘を言うようになった。
そしてそれが満たされるとすぐに元の沙奈に戻る。
もっと言ってくれていいのにって俺は思うんだけど……。
沙奈が満足してるのならまぁ、いい。

「沙奈〜、今日は俺も我儘言っていい?」
「光輝はいつも言ってるでしょ〜?」

笑いながら俺の頭をペシッと叩く沙奈。
俺はそんな沙奈の腕を掴まえてそのまま引き寄せる。

「わっ」

引き寄せた沙奈の腕を、俺の腰に回した。
沙奈は驚いた様子で俺を見上げる。

「光輝……?」
「抱きしめて」
「え?」

戸惑う沙奈ににこりと笑いかける。
そしてもう片方の腕も、腰へと引いた。

「さっきは俺が抱きしめてあげたでしょ?
だから次は、沙奈が俺を抱きしめて?」

考えてみれば、抱きしめるのっていつも俺。
っていうか男。って感じだよな。
でも俺だって……たまには抱きしめてもらいたいときだってある。
それが今なわけ。

「もぉ〜、我儘なんだから」

そう言いながら沙奈は俺の腰に回った腕を上に伸ばし、俺を抱きしめた。
肩に顎を乗っけられて、少しくすぐったい。

「光輝、大好き」
「うん。俺も沙奈が大好き」

なかなか会えないからこそ、こうしていられる時間が何より大切で。
なかなか我儘を言わないからこそ、たまに言う我儘は叶えてやりたくて。
それもこれも全部、沙奈が好きだから。

「光輝、私やっぱり……」
「ん?」
「抱きしめられる方が、好き」

沙奈がそう言ったから、俺は沙奈に預けていた体を少し起こして力いっぱい沙奈を抱きしめた。



今すぐ抱きしめて。
それが、俺達にとって最高の我儘なのかもしれない。





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