会いたい

「会いたい」
『うん』
「うん、じゃなくて」

ぶすっとした声で言えば、電話の向こうからはまた「うん」という言葉が返ってくる。
今きっと、苦笑いしてるんだろうな。

「わかってるよ。今は会えないことくらい」
『うん』
「わかってるけど……会いたいよ」
『うん』

この人「うん」しか言えないのかと思えるほど、返事はそれだけ。
でもわかってる。
この人が「うん」しか言わないのは、私のため。

「言うのは、タダ、だよね?」
『うん』

もう何度「うん」を聞いたかわからない。
だから私は、次の言葉を続ける。

「ねぇ、大好きだよ?」
『うん。俺も、好きだよ』

その返事に「好き? 大好きじゃなくて?」と突っ込みを入れたら、「あはは。大好き」なんて返ってきた。




「わぁー、寝癖ついてるし!!!」

ある日曜日の朝。
鏡に映った自分を見て私は大慌て。

「ヤバイヤバイヤバイ!!!」

時間がない。
今日は、絶対に遅刻するわけにはいかないのだ。
なんたって今日は……。
彼に会う日だから。

「寝癖直しどこだー!!!」

ガチャガチャとそこら中の物を散らかしながら寝癖直しを探す。
だけどこういうときって、なかなか見つからない。

「もうヤダー!!」

せっかく、久しぶりに、彼に会える。
だから、一番綺麗な自分で会いたい。
完璧な状態で、彼に会いたい。
彼に、可愛いって思ってもらいたいの。
こいつと付き合ってよかったって、思ってもらいたいの。
“女の子”って、きっとそういうもの。

「あった!!!」

ようやく寝癖直しを発見して、すぐにピヨンと跳ねた寝癖との格闘を始めた。




「久しぶり」
「ひさ、しぶり……」

毎日ではないけれど、頻繁に電話はしてた。
だから、この声を聞くのは久しぶりではない、はず。
なのにどうしてだろう。
全然違う声に聴こえる。

「走ってきた? 少し髪乱れてる」

そう言って彼が私の髪に触れる。
あぁ、せっかく頑張ったのに、乱れていたなんて。

「今日も可愛いね」

何気なく、本当に何気なく彼が言った。
そう言ってほしくて頑張ったはずなのに、なんだかとても恥ずかしくなって俯いた。

「どうしたの?」
「は、恥ずかしい!!」
「言わない方がよかった?」

こういうの、ずるいって思う。
嬉しいに決まってるのに。
言わない方がいいなんて、そんなこと、絶対にないのに。
だから私は、俯いたまま首を横に振る。
頭の上で、彼が笑ったのがわかった。

「よかった」

そうして、すっと、手を握られる。
突然のことに私は思わず顔を上げた。
そこには、にこりと笑う彼がいる。

「行こう」
「う、うん」

朝一生懸命直した寝癖がついていた場所を、なんとなくいじった。




「もう、帰っちゃうんだね」
「またすぐ会えるよ」
「うん……」

楽しい時間なんてあっという間。
二人でいれば本当に時間なんて一瞬で過ぎてしまう。

「また、電話するね」
「うん」
「メールもね」
「うん」

また、メールと電話だけの毎日が始まる。
それが不満ってわけじゃない。
それだけでも十分に満たされる。
でもやっぱり……「会う」ってのとはわけが違う。

「今日はありがとう。楽しかった」
「うん……」

いつも「うん」って言うのは彼の方。
でもこのときばかりは、私は「うん」以外何も言えなくなる。

「好きだよ」
「うん……」
「ちゃんと言って。聴きたい」

彼にそう言われて、私は彼を見上げた。
その目を見つめたら、途端に涙がこぼれた。

「好き。大好き」
「うん。俺も大好き」

優しく頭を撫でられる。
何度も、何度も。
私は彼の手のぬくもりを感じながら涙を流した。




「ねぇ、会いたい」
『今日会ったばっかりだよ』
「それでも、会いたいの」
『うん』
「うん、じゃなくて」
『うん』
「会いたく、ない?」
『会いたいよ。いつも。今も』
「うん。私も」





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