Heavy love

「ごめん。俺、そういう重いのもう勘弁」

その言葉は、私に大きな変化をもたらした。
“重い”
もう、そんなこと言わせない。
誰にも言わせない。
変わるんだ、私は。





「ケイちゃん、今日一緒にメシどうー?」
「あ、いいですねー。行きます行きますー」

基本的に、私は誰の誘いも断らない。
それが、ご飯であっても、その先の下心であっても。


「ケイちゃんマジいいの?」
「いいですよー、別に。でも、お付き合いは出来ないのでごめんなさい」

薄暗い部屋の中、私はにこりと笑って告げる。
その言葉で、相手の男は表情を変えた。
なるほど。この人はこっちタイプか。

「ケイちゃん、なんで、そんな自分の体の安売りみたいなこと……」
「楽しいからです」

きっぱりと答えてやる。
私の上にいる人は、また表情を変えた。
憐みの表情から、軽い侮蔑の表情へ。

「楽しければいいんです、私。
誰かにのめり込んだりするの、嫌なんです」

嫌なの、もう。
あんなふうに言われるのは。あんな眼で見られるのは。
嫌だから……もう、誰にも本気にならない。

「はぁ。話に、聞いてた通りなんだな」

そう言ってその人は、私の横にどさっと寝転んだ。
やっぱりこの人も私の噂は聞いてたんだ。
私はそれを確信する。

「聞いてもいい? その考えは、昔から?」
「えぇ、割と」

こういう人付き合いしかしなくなって、もうどれくらいが経つだろうか。
その間誰一人として真面目に付き合った人はいない。

「割とってことは、なんかきっかけがあったんだな」
「えぇ。でもそれを話す気はないですよ?」

ベッドで並んで横になりながら、私たちは淡々と会話をした。
いや、淡々としていたのは私だけかな。

「しないんですか?」

私が尋ねると、隣から溜息が聞こえてくる。
幻滅された、か。
まぁいいけどね。どう捉えられたって。

「今までの男たちは、それで喜んでた?」
「半分半分ですね」

半分は気が楽だと喜んだ。
半分は私に幻滅して部屋を出ていった。

「その生き方を、変える気にはならない?」
「今のところは」

そしてまた聞こえてくる溜息。
ちらりと隣を見ると、目が合った。

「そりゃ俺もね、君を抱けるのは嬉しいけど。
でも……そういう態度取られちゃ、ね。やりづらい」

だろうな、と思う。
別に相手の気持ちがわからないわけでもない。

「俺さぁ、前の彼女に言われた一言で、結構今まで誰のことも好きになれなかったんだよ」

あら、これは珍しいパターン。
私に身の上話を聞かせるつもりか、この人。

「なんて、言われたんですか?」

特に気になったわけでもないんだけど。
ここは間を持たせるためにも聞いておこうと思った。

「重い」

その一言で、私はびくっと体を震わせた。
今、なんて言った?

「俺の気持ちは重いんだとさ」

いや、そりゃ私以外にもその言葉を言われた人はいると思う。
そんな人、たくさんいる。
でも……。

「だったら、って、それからしばらく人とは軽い付き合いしかしてこなかった。
そうだな、ちょうど、今のケイちゃんみたいにさ」

何? なんなのこの人。
どうして、私の気持ちをそのまま喋ってるのよ。

「遊びでいろんな女と寝たし、それで楽しかったし。
でも……いつもどこか虚しかったんだよな」

私は、ゆっくりと彼に背を向けた。
つぅ、っと涙が流れるのがわかった。

「そんなときに君を見つけたんだよ。
久しぶりに、本気で好きになれそうだと思った。
遊びじゃなくて、軽い付き合いじゃなくて、真剣に、ケイちゃんと付き合いたいと思ったんだ」

嗚咽が漏れそうになるのを必死に堪えた。
泣いてるなんてバレたくない。
でもきっと、私の肩、震えてる。

「なぁ、ケイちゃん。心が手に入らないまま体を重ねるのは、虚しいよな?」

その声は、とても優しかった。
まるで私のすべてを包むみたいに。
私がしてきたこと全部、包むみたいに。

「だから……」

そうして彼は、私を後ろからふわりと抱きしめた。
私は驚いて体を硬くする。

「泣かないでくれ」

やっぱり気付かれていた。
私が泣いてること。

言いたかった。
私もずっと貴方と同じ気持ちだったの、って。
“重い”って言われたその日から、誰のことも本気で好きになれなかった。
本気になるのが怖かった。
また、同じことを言われて、捨てられたらどうしようって思うととても怖かった。
だからもう適当でいいや、って。
二度と重いなんて言われないように、軽い女になろうって決めたの。
もう誰も、本気で愛したりなんかしない──――。

「ケイちゃん。俺、ケイちゃんが好きだよ」

彼はそう言って私を強く強く抱きしめる。
私は彼の腕の中で身動き一つ出来なかった。

「全部、俺に話してみ? きっと楽になる」

その言葉で、今まで我慢していたものが破裂した。
私は、泣きじゃくりながら彼に今までのことを話した。
彼は、黙って聞いてくれた。




「そうか。ケイちゃんも、俺と同じだったんだな」

優しく頭を撫でながら、彼は溜息をつく。
私はすべてを話してしまったことで、ひどく疲れていた。

「なぁケイちゃん。“重い”って、それだけその相手のことを想えたってことだよな」
「え?」
「すごいことだと、思わないか?」

そう、なんだろうか。
今までそんなふうには思えなかった。
人を真剣に好きになることはいけないことなのだとしか、思えなかった。

「俺は、ケイちゃんからそんだけ愛された奴が羨ましいよ」

あぁ、もしあのとき付き合っていたのかこの人だったら。
そう考えずにはいられなかった。
もしあのとき付き合っていた彼氏より、この人と先に出会っていたら、私は今、こんなふうにはなっていなかっただろうか。

「そんなふうに、ケイちゃんの心に傷を残せるような人間が羨ましい」

涙が溢れた。
今まで、誰ひとりだってそんなこと言ってくれた人はいなかった。
誰も、誰も───。

「ケイちゃん。俺とやり直してみないか?」
「やり直す?」
「俺達、同じ経験してるんだ。一緒にリスタートしてみるのも、いいと思わない?」

その誘いに頷いたのは、きっと。
そうきっと、私が既に彼に惹かれ始めていたから。





「んっ……」
「ケイちゃん。可愛いよ」
「やっ、ダメ……」

真っ暗な部屋。
重ね合った体が熱い。
なんだろう。なんだろうこの感覚。
今まで感じたことのない感覚が体を突き抜ける。

「ケイちゃん、俺、今、幸せだ。
君を抱けることがホントに嬉しいよ。もう誰にも渡したくない。
俺だけがこの体を抱ける人間でいたいよ。
なぁ、こういう気持ちを、“重い”って言うんだろ?」

彼はそう言って悪戯っぽく笑った。
可愛い笑顔だな、とふと思った。

「そう、かな。私は、重いなんて、感じない」
「本当に?」

念を押されて、私は頷く。
重いなんて全然思わない。
むしろ嬉しい。幸せ。

「ずっと、この腕の中にいたい。もう、貴方にしか抱かれたくない。
ねぇ、私のこの気持ち、重い……?」

今度は私が尋ねてみる。
そうすると彼は本当に幸せそうに微笑んだ。

「微塵も思わない。むしろ嬉しすぎる」

その言葉をきっかけに、私たちはお互いの重い気持ちをぶつけあった。
この何年かじゃありえないくらいの、本気モードで。





「ケイちゃん。改めて言うよ。俺と、付き合ってください」
「はい。喜んで」





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