in my heart

何故、ここにいるんだろう。
ここには、二度と来ないと思っていた。
もう二度と、来ることはないんだと……。
私も、あいつも。




“あいつ、引っ越すんだって”

友人のその一言で、どうして私はこんなにも動揺しているんだろう。

──離れる。

たかだか2ヶ月つきあって、喧嘩別れをしたあいつ。
もう顔も見たくなかった。会いたくなんてなかった。
いいじゃないか、引っ越したって。これでもう会うことはないんだから。
なのに、なのに……。





私たちが住んでいる所から電車で一時間程行った所に、海がある。
その海は私とあいつのお気に入りの場所だった。
よく二人で来ては1日中遊んでいた。
電車賃は痛かったけど、二人でいられることが嬉しかった。


『ひゃ〜!! 冷たい!!』
『転ぶなよ。助けてやらねぇからな』
『それでも男なのっ?! 彼女くらい助けなさいよ!!』
『うるせぇよ』
『あんたも入ればいいのに。足だけ入るだけでも違うよ?』
『いいよ。お前見てるほうが楽しいし』
『え゛っ、ど、どういう意味よ……』
『いつ転ぶだろうと思うとワクワクする』
『こんのヤロォ〜〜〜!!!! くらえっ!!必殺・水かき!!!!!』
『うわっ、つめてっ。バカ!!やめろ!!!』


壊れるなんてありえない。
ずっと、このままでいられると信じていた。
そんな、子供じみたことをあの頃は本気で信じていたんだ。
“終わり”のことなんて、考えられなかった。


『どうして何も言ってくれないのっ?!』


ほんのささやかなことだった。
それなのに私たちは大喧嘩をした。
子供だったんだ。
今、冷静になってみればわかることが、あの頃はわからなかった。


『もういいよっ! 勝手にすれば?!』
『言われなくても勝手にする』
『バカァー!!!』


それから私たちは、口を利くこともなかったし、目を合わせることさえもなかった。
お互いがお互いを避けて生活していた。
そして一年半振りに私たちは目を合わせたのだ。しかも、この海で。
二人の好きだった、この海で。

「なんでここにいるの」

最初に口を開いたのは私のほうだった。

「お前こそなんでいるんだよ」

久しぶりに聞いた彼の声。
あの頃とちっとも変わらない。

「引っ越すんだって?」

私は唐突に尋ねた。

「あ? あぁ、聞いたのか」

視線を外す。

「遠いの?」
「まぁな」

そして、沈黙。
「……もう、会うこともないね」
「そうだな」
「いつ、引っ越すの?」
「明日」
「明日っ?! 早っ!!」
「……最後に、もう1回ここ来ておこうと思ってさ。まさかお前がいるとは思わなかったけど」
「それはこっちの台詞」

しばらく話していなかったはずなのに、普通に話している自分がなんだかおかしく思えた。
そして私は、ふと口を開く。

「あのときさぁ」
「ん?」
「あのとき……ここであんたと喧嘩したとき……私泣いてた?」
「なんだそりゃ」

本当に呆れた顔でこっちを見る。

「なんとなく……どうだったっけなぁと思って」

私は彼に背を向け、伸びをした。
目の前には青い青い海が広がっている。

「……泣いてなかった」
「そっか」
「っお前……」

あいつの表情が変わった。
きっとそれは、私の頬を流れるものを見たせい。

「ホントに……私ってバカ……」

今頃になって気がつくなんて。
一年半もの間、目を背けていたなんて。

「俺、今でもお前が好きだから」

さっきまで聞こえていた波の音が止まった気がした。
周りがやけに静かだ。

「え……?」
「ずっと、好きだった」
「あ……」

彼の言葉が引き金となって、私の涙がすべて溢れ出す。

「京……」
「名前呼ばれるのも、久しぶりだな」

その笑顔に、また涙が溢れる。

「私も……ずっとあんたが好きだった……!!」

あいつの腕がまっすぐに伸びて、私を抱きしめた。

「京……!!」





翌日。あいつは引っ越した。
一通の、手紙を残して。

──すぐ迎えに来るから大人しくして待ってろ。

「バァ〜カ。大人しく待ってるような女じゃないって知ってるくせに」

私は手紙をしまい、目の前に広がる海に目をやった。

「待ってろよ!! すぐ、会いに行ってやるからね!!!!」





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