あの日見た空

「山野君、私……山野君のことが好きなの」

ある晴れた日。
俺は隣のクラスの鈴浦に告白された。
鈴浦のことは実は前から可愛いなーなんて思っていたりしていて。
ちょうどそのとき彼女もいなかったし、俺はその告白を受けた。

「じゃあ、付き合おうか」

俺のその言葉に、鈴浦は嬉しそうに笑った。
その顔はやっぱり可愛くて、俺好みだった。






「よぉ、鈴浦と付き合うんだって?」
「情報早ぇな」

鈴浦と付き合うことになった翌日。
机に突っ伏して寝ていた俺に声をかけていたのは親友の矢野大樹。

「そらお前俺には美砂がいるからな」

美砂というのは、大樹の彼女である近藤美砂。
そして、鈴浦の親友でもある。
だから大樹に俺たちの話がいくのはまぁ当然だ。

「お前確か前から鈴浦のこと可愛いって言ってたよな」
「うん。まぁなー。やっぱ可愛いわ、あいつ」

顔はもろストライク。
直球ど真ん中だ。
ただ、性格はあまりよく知らない。
結構大人しいはずだけど。

「美砂の話によると、泣くほど喜んでたらしいぞ、鈴浦」
「マジで?」
「1年のときからずっとお前のこと好きだったんだと」

それは初耳だった。
鈴浦はそんなこと一言も言ってなかったから。
2年間も俺のことを好きでいてくれた奴がいるのかと思うと、やっぱり単純に嬉しかった。

「と、噂をすれば」

大樹がそんなことを言って教室のドアの方を見る。
俺もそちらに視線を向けると、鈴浦が立っていた。
ついでに、近藤も。
近藤がこちらに向かって手招きする。

「俺? お前?」
「そりゃ鈴浦がいるんだからお前じゃないの? まぁ、俺も行くけど」

そう言いながら俺と大樹はドアへと向かった。
鈴浦は恥ずかしそうに俯いている。
こういうとこ、可愛いよな。

「おはよう、山野。琴美をもらってくれてありがとう」
「近藤、もらうってお前……」
「あの、おはよう、山野君」
「あぁ、おはよう、鈴浦」

俺は普通に鈴浦に向かって挨拶をする。
挨拶なんて別に本当に普通のことだろ?
だけど鈴浦は更に顔を赤くした。

「あらあら、琴美ったらそんな顔真っ赤にして」
「美砂にもこれくらいの可愛らしさがほしいな」
「大樹、なんか言った?」

大樹と近藤は1年のときから付き合っている。
同じ中学で、中学の頃からお互い好きだったそうだ。

「それで美砂、なんか用があって来たんじゃないのか?」
「あぁ、うん。そうなのよ。ほら、琴美」

近藤に促されて、鈴浦は俺を見上げる。
やっぱりこの顔好みだなぁなんて思いながら俺はそれを見下ろす。

「あの、今日、一緒に帰れないかな?」
「今日? あぁ、別にいいよ」
「ほ、ほんと?」

鈴浦があまりにも嬉しそうな顔をするから、俺は苦笑した。
ここまで想ってもらうような男かな、俺。
でもやっぱり単純に嬉しいという気持ちもあった。

「いいよ。俺部活やってないし。今日から一緒に帰ろうか」
「う、うん!! ありがとう!!」

とびっきりの笑顔を向けられて、俺はクラクラした。
その笑顔は反則だよ、鈴浦。

「山野、邪魔」
「うおっ」

俺が幸せに浸っていると、低くてどすの利いた声が聞こえた。
ふと鈴浦から顔を上げれば、そこにはクラスメイトである里中悠里が立っていた。

「里中、相変わらず朝は機嫌悪いな」
「うるさい。どけ」

里中はそのまま俺を押しのけて教室に入っていく。
彼女の朝はいつもあんな感じだ。

「山野、あんたすっごい普通に里中さんと喋るのね」
「へ? 何が?」

近藤が俺をまじまじと見る。
鈴浦も俺のことをじっと見ていた。

「だって里中さんって、結構浮いてる存在でしょ?
皆怖くてあんまり話しかけられないって言ってたし」

確かに、里中はそういう存在だった。
進んで人と仲良くしようとするタイプじゃない。
でも、別に普通の奴だと俺は思っていた。

「別に悪い奴じゃないし。なぁ?」

俺は隣にいる大樹に同意を求める。
大樹も普通に頷いた。
俺と大樹は里中とは普通に喋っている。

「え、大樹もなの?」
「俺はまぁなんていうか山野のついで?」
「何それ」
「最初に里中と喋ったのは山野だったんだよ。で、一緒にいた俺もついでに」

里中とは、今現在席が隣同士。
そして大樹は俺の後ろで。
それがきっかけで俺たちは普通に喋るようになった。

「へぇ。そうなんだ。ねぇ山野、里中さんのこと好きってことないよね?」
「はぁ? ないない。ないよ。
第一俺が里中のこと好きだったら鈴浦と付き合おうなんて思わないだろ、普通」

俺のその言葉に、少し不安そうな顔をしていた鈴浦がまた柔らかく微笑む。
そんな鈴浦を見て近藤もにこりと笑った。

「だって。よかったね、琴美」
「もう、美砂ってば……」

赤くなる鈴浦に向かって俺は笑いかける。

「鈴浦、ホントに大丈夫だよ。俺今ちゃんとフリーだから。
あ、鈴浦と付き合ってるからもうフリーじゃないのか」

そう言うと、鈴浦の顔は更に赤くなった。
さっきから赤くなりっぱなしだな、鈴浦。

「あぁーあ。なんか見せ付けられた感じ。琴美、そろそろ教室帰ろう」
「あ、うん」

そして鈴浦と近藤は自分の教室に帰っていった。
俺と大樹も自分の席に戻る。






「へぇー。鈴浦さんと付き合うことになったの」
「うん。まぁな」

昼休み。
俺はいつも通り屋上に来ていた。
毎日ここに来て昼飯を食う。
里中と、一緒に。

「彼女可愛いものね。山野の好みって感じ」
「ど真ん中です」

俺の答えに里中は笑った。
昼休みのこの時間だけは、里中はそこらにいる女の子と何も変わらなかった。
普段は無口で一人でいることを好んでいるけど、昼休みだけは違った。

「じゃあもうここには来ない方がいいんじゃないの?」
「あ、やっぱりお前もそう思う?」

俺がここで里中と過ごすようになったのは、つい最近のこと。
授業に出るのがかったるくなって4時間目からずっと奥上でサボっていたら、昼休みに里中が現れた。
その日なんとなく里中と話した俺は、次の日も屋上に行った。
それが続いて、今に至る。

「鈴浦さん、昼休みは?」
「あぁ、近藤と食ってるみたいだよ」
「一緒に食べてあげればいいじゃない。彼女きっと喜ぶと思うけど」

それは、考えないでもなかった。
でも俺は今朝それを言い出せなかった。
昼休みにここに来ることは、俺の楽しみのひとつだったから。

「俺、お前と二人でいるの好きだったんだけどなぁ」
「バカ。そんな彼女に誤解されるようなこと言わないの」

少し頬を赤く染めた里中が言う。
やっぱりこういうとこ、普通の女の子と変わらないんだけどな。

「じゃあ里中は俺がここに来なくなってもいいのかよー」
「私は元々一人だったんだからなんとも思わないわよ」

彼女はいつも一人だ。
俺はそれがずっと気にかかっていた。
だからこうして二人で時間を過ごすうちに少しずつ里中が俺に心を開いてくれるのが、嬉しかったんだ。

「女の子はほんの些細なことで傷つくんだから。
だからもうここには来ない方がいいわよ。彼女のことを思うなら」






「ごめん鈴浦!! お待たせ」
「あ、うぅん。大丈夫」

放課後。
俺のクラスの前で待っていた鈴浦に声をかける。

「じゃあ帰ろうか」

そう言うと、鈴浦はにこりと微笑んで頷いた。
そんな鈴浦の顔を見るのは本当に嬉しかった。




「なぁ鈴浦」
「何?」
「俺のこと、1年のときから好きだったってホント?」
「えっ!!!」

途端に真っ赤になる鈴浦。
これは答えを聞くまでもなさそうだ。

「誰に聞いたの?」
「近藤経由で大樹から」
「やっぱりそっか。そこしかないよね」

恥ずかしそうに鈴浦は俯いてしまう。
俺はそんな鈴浦の右手をそっと握った。

「や、山野君?!」
「あ、イヤ?」

顔を上げた彼女はブンブンと首を横に振る。
いちいち反応が可愛いんだよな、鈴浦って。

「山野君、覚えてない?」
「ん?」
「1年のとき、放課後に山野君たち皆で野球してて」

そういえば1年のときはよく放課後皆で遊んでたな。
今はそんなこと全然してないけど。

「私、ちょうど帰るところで、山野君たちの側を通りかかったんだけど。
そのときボールが私目掛けて一直線……」
「うわ、マジで?」
「ビックリしてそのまま動けなかったところを、山野君が助けてくれたの」

俺は記憶を辿っていく。
正直、そういうことは何度かあった。
でもなんとなく、鈴浦のような人を助けたような気がしないでもない。

「なんとなく覚えてるような覚えてないような……」
「あはは。それがね、きっかけだったの」

手を繋いで、ゆっくり歩く。
別にその行為自体は初めてじゃなかったけれど、隣を歩く鈴浦の顔を見ているといつもと違った気分になった。

「気がついたら山野君のこと目で追ってて。でもずっと言えなかった」
「どうして、昨日?」

鈴浦は立ち止まって、俺を見上げる。
ぎゅっと、強く手を握られた。

「押し潰されそうだったの……」
「え?」
「いつの間にか、本当に……信じられないくらい好きになってて。
もう今伝えなきゃ、山野君が好き過ぎて、死んじゃいそうだった」

俺はそれを聞いて呆然とした。
これって、すごい告白じゃないか?
そんなこと言われたの、初めてだった。

「付き合えることになって、本当に、本当に嬉しい。私今、すごく幸せなの」

気付いたら、鈴浦は俺の腕の中にいた。
本当に無意識に抱き寄せていて。

「や、山野君……?」
「ありがとう。すっげぇ嬉しいよ、俺」

そこまで想ってもらえたことが嬉しい。
こうして伝えてくれたことが嬉しい。
俺も、幸せだと思った。

「山野君……好き……」

俺は鈴浦の腰に腕を回したまま、唇を重ねた。
初めて触れる鈴浦の唇は柔らかく、甘かった。






「で、なんでいるのよ」
「なんでって言われてもな」

翌日。
俺はいつも通り屋上にいた。

「鈴浦さんとこ行ってあげなさいよ」
「いいんだよ。放課後一緒にいるから」
「じゃあ、これからもここに来るの?」

さて、どうしようか。
正直迷っていた。
昨日の鈴浦の告白を聞いて、俺は全力で鈴浦の気持ちに応えたいと思った。
じゃあ、ここに来ることは果たしていいことなのかどうか。

「どうしよう、かな」
「……私は、もう来ない方がいいと思うけど」
「うん。でもなぁ」

鈴浦の気持ちに応えたいと思ったのは嘘じゃない。
でも、里中との時間を失うのもイヤだった。
皆が知らない里中と一緒にいるのは、本当に楽しかったから。

「山野がそうやって悩んでるなら、私がここに来ないようにするよ」
「えっ」
「だって鈴浦さんがかわいそうじゃない」

かわいそう、か。
やっぱりそうなんだよな。
鈴浦のことを想うのなら、ここには来るべきじゃないんだな。

「わかった。明日からここには来ないよ」
「……それがいいよ」

そうして俺は、屋上に行くことをやめた。






「山野君、ちょっと、待って……」
「もう待てないよ」
「でもっ……」

付き合ってれば、そりゃ自然とそういう流れにはなるもので。
今のご時世、キス止まりのカップルなんて数えるほどじゃないかと思う。
まぁ、実際は結構いるのかもしれないけど。

「鈴浦、初めて?」
「……うん」

小さく頷いた彼女はいつものように頬を赤く染めていた。
優しく髪を梳いて、額にキスをする。

「俺とするの、イヤ?」
「……イヤじゃ、ない」

答えはわかってた。
鈴浦は俺を拒まない。

「優しくするよ。俺に、任せて」
「うん……」

そうして俺と鈴浦は身も心も繋がった、というわけだ。




「鈴浦大丈夫? 辛い?」
「へい、き」

まだ肩で息をする鈴浦をそっと抱きしめる。
その柔らかい肌に、俺の熱がまた上がってくる。

「よかった。俺、鈴浦のこと壊しちゃうんじゃないかと思ったよ」
「もうっ、恥ずかしいこと言わないで……」

実際、鈴浦の体は本当に細くて。
壊れてしまうんじゃないかとビクビクしていた。

「でも嬉しい。山野君と出来て、嬉しい」
「うん。俺も……嬉しいよ」






「よっ」
「え、山野?!」

俺は久々に屋上に来ていた。
あの日以来一度も来ていない。
そこには変わらず里中がいた。

「何しに来たの? 鈴浦さんは?」
「別に昼は一緒にいないよ。俺は最近ずっと教室にいたし」
「そう……」

里中はごろんとその場に横になる。
俺はその隣に座った。

「ねぇ山野」
「ん?」
「私さ、学校辞めることになった」
「は?!」

それはあまりにも突然で。
俺は何がなんだかわからなかった。
横になった里中は俺の方を見ようとはしなくて。

「私小さい頃に父親亡くしててねー、母親に育てられたんだけど……母親病気で倒れちゃって。
もう普通に学校通うの難しくなっちゃってさ。辞める」

いともあっさりと里中は言った。
でも、その肩は震えていて。
思わず里中の肩を掴んでこっちを向かせた。

「里中……」

里中は、泣いていた。
それは俺が初めて見る里中の涙。

「ねぇ知ってた? 私があんたのこと好きだって」

里中は両手で顔を覆って、涙を隠しながら言った。
俺はそんな里中をじっと見つめる。

「……うん。知ってた」
「そう。やっぱり知ってたか」

里中の気持ちにはずっと気がついてた。
それでも俺は里中と一緒にいた。
そして鈴浦と付き合った。
随分残酷なことをしたと、自分でも思う。

「あんたがここに来てくれるの、嬉しかったよ、すごく」
「俺も……ここに来るの楽しかった」
「そっか。そう思ってもらえてて嬉しい」

里中はゆっくりと起き上がると、俺を向き合った。
まっすぐに見据えられて、俺もその視線を返す。

「ごめんね」

そう一言呟いて、里中は俺にキスをした。
ほんの一瞬、触れるだけのキス。

「里中……」
「鈴浦さんには、内緒」

目に涙を溜めて無理矢理笑った里中が、愛しいと思った。
俺も、笑顔を作る。

「俺、お前のこと好きだったのかな」
「バカ。あんたが好きなのは鈴浦さんでしょ」
「……うん。そうだな」

たぶん、俺は。
間違ってしまったんだと思う。
間違った答えを、出してしまったんだと思う。

「鈴浦さんのこと大切にしてあげてね」
「うん」
「私のことは、もう忘れて」
「……うん」

忘れないと、思う。
きっと忘れられない。
でも、里中がそれを望むのなら。

「今日会えてよかった。今日で最後なの、学校来るの」
「は?!」
「ありがとね、山野。あんたに会えて、嬉しかった」

そして翌日学校に行くと、本当に里中の姿はなかった。
俺は隣の席を見つめて、ひとつため息をつく。
もう、何もかもが遅い。





「山野君? なんか今日、元気ない?」
「え? そうかな?」

放課後はいつも通り鈴浦と一緒に帰った。
鈴浦の柔らかい手の感触を感じながら。

「何かあった?」
「いや、何もないよ」

里中のことは話せない。
約束した。里中と。
鈴浦を大切にするんだって。

「鈴浦……」
「ん?」
「好きだよ」

俺のその言葉に鈴浦は頬を染めながら、嬉しそうに笑って頷いた。
そして小さく「私もだよ」と言う鈴浦に、そっとキスをした。





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