番外編:対面【1】

その日は突然やってきた。

「久し振りだな、優希」

いつも通り、棚橋の家に行って二人分の食事を作り、帰宅した棚橋と共にそれを食べ、片付けは棚橋に任せてバイトにやってきた雨宮。
そんな雨宮を迎えたのはサングラスをかけた男だった。
男の姿を捉えた瞬間雨宮は全身を硬直させた。

「なんで、あんたがここに……」

声が掠れた。
口の中の水分が一気に失せたようだった。

「久し振りにお前たちの顔が見たくなった」

そう言って笑った男。
彼の名は柊啓輔。
今も衰えることのない人気を誇る俳優。
そして、雨宮の実の父親。

「どの面下げてそんなこと言ってんだよ。うざいからさっさと帰って」

雨宮はそう言い放つと奥の部屋へ消えていく。
柊はくくくっと笑った。

「嫌われたもんだな、おれも」
「当然でしょ。あんた父親らしいこと何ひとつしてないんだから」

カウンターに立つ雨宮の母親は呆れた顔で言う。
それを聞いて柊はまた笑った。

「俺も若かったからな」
「それ、あの子の前で言ってみなさい。殴られるわよ」

母親がそう言うと、奥の部屋から雨宮が出てきた。
柊の姿を確認すると、顔を顰める。

「帰ってって、言ったはずだけど」

恐ろしく低い声で言う雨宮の姿を、複雑な表情で母親は見つめる。
雨宮の心に落された闇は、今もドロドロと渦巻いている。
そんな娘を見るのは、母親として辛かった。

「優希」
「気安く呼ばないで!!!」

雨宮の左手がカウンターに振り落とされる。
バンッ!! と大きな音が店内に響いた。
もちろん店には他の客もいる。
すべての視線がそこに集中した。

「優希、落ち着きなさい」

カウンターの中から母親が雨宮を宥める。
が、雨宮の表情は変わらなかった。

「あたしがあんたのこと嫌いだってわかってるでしょ?
二度とあたしの前に現れるなってあのときも言ったし」

あくまでも冷やかな視線を柊へと投げつける雨宮。
柊は思わず苦笑した。
そして雨宮に何かを言おうとしたとき。

「こんばんはー」

店のドアが開いた。
雨宮たちの視線がそちらへ向く。

「え、棚橋?」

そこに立っていたのは棚橋で。
雨宮は目を丸くする。

「どうしたの? 今日来るなんて言ってなかったじゃん」

棚橋に駆け寄る雨宮。
棚橋がここへ来るのは、今日が初めてではない。

「これ。お前忘れてっただろ」

そう言って棚橋は一冊の本を雨宮へと手渡す。
それは雨宮が学校で使っている資料だった。

「うわっ、これ明日いるやつだし。そういやあんた待ってるときに見てたんだっけ」
「そう思って持ってきてやった。感謝しろよ」

言いながら、棚橋は雨宮のおでこを軽く叩く。
雨宮はそれに対して怒ったフリをする。

「何すんだよ、バカ」
「バカはお前だ」

そしてふと、棚橋はそこにいる人物に気付く。
棚橋の視線に雨宮もさっきからそこに居座り続ける人物を振り返った。

「お父さん、か?」
「一応ね」

棚橋の言葉に、雨宮は溜息混じりに答える。
その返事を聞いて棚橋は柊に向かって頭を下げた。

「どうも。どなたかは存じませんが優希の知り合いみたいですね」

柊が棚橋に声をかける。
どうぞ、と自分の隣の席を勧めながら。

「あ、はい。棚橋と言います。でも、俺はもう帰りますので」

そう言って棚橋が帰ろうとすると、雨宮がその手を掴んだ。
驚いた棚橋が雨宮を振り返る。

「帰らないで」
「え? ゆう?」
「お願いだから」

ぎゅっと棚橋の手を掴んだまま、雨宮は俯く。
そんな雨宮を見て、棚橋はなんとなくその場の様子を察する。

「わかった。わかったからお前は仕事しろ。バイト中だろ?」

雨宮の頭にポンと手を乗せ、棚橋は笑う。
そんな棚橋を見て雨宮は安心したように微笑んだ。





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