番外編:崩壊の過去【1】

「ねぇ棚橋」
「ん?」

ベッドの上でコーヒーを飲んでいた雨宮は、空になったカップを見つめていた。
棚橋は仕事の手を止めない。
いつもの保健室の光景だ。

「父親が芸能人って、そんなに珍しいもんなんかな」

雨宮の言葉に、棚橋は顔を上げる。
その表情は、雨宮の様子を探ろうとするものだった。

「また、なんかされたか」
「んー、別にそういうわけじゃないけど」

棚橋は知っていた。
その言葉が嘘だということ。
雨宮が自分から父親のことを口にするのは、他人から何か言われたりされたりしたときだけだ。

「あたしはあいつを父親だなんて思ってないんだけどな」
「それでも、父親はは父親だろ? 血が繋がってるんだから」

棚橋の言葉に雨宮は顔を顰める。
そして、父親のことを思い出していた。





「また仕事なの?! 家のこと全部あたしに押し付けて!!」
「うっせぇな!! 俺の仕事のことわかってて結婚したんだろ?!」

物心ついたときには既に、雨宮の両親の仲は悪かった。
若くして俳優となった雨宮の父親は、雨宮が生まれて少し経ってから人気が出始めた。

「あんた最近調子乗ってんじゃないの?!」
「嫁だったら少しは喜んだらどうなんだよ!!」

人気が出て、ドラマ出演などが増えた父親は、ほとんど家にいなかった。
母親はそのことに不満を募らせる。
雨宮に当たるということは絶対にしなかったが、父親とは顔を合わせれば喧嘩、という状態だった。

「ごめん優希。あたし、母親失格だな」

母親は度々雨宮にそう言って謝った。
雨宮はそんな母親を見て、次第に父親を憎むようになっていた。
傍にいてくれない。母親にこんなつらそうな表情をさせる。
そんな父親が、雨宮は嫌いだった。



「優希っ!! 絶対に出てきちゃダメだからねっ!!」

ドアの向こうから、母親の必死な声が聞こえる。
雨宮はドアノブに手をかけ、こちらも必死にドアを開けようとしていた。

「母さんっ!!開けてっ!!」

何度もドアを叩く。
だが、ドアは開かなかった。
雨宮を出すまいと、母親が外でしっかりとドアノブを押さえていた。

「ごちゃごちゃうるせぇよ!!」

雨宮の耳に、母親のものではない怒声と、頬を叩く音が届く。
声の主は、間違いなく父親だ。

「母さんっ!!」

これは、雨宮が中学二年生のときに起こったこと。
始まりは父親がドラマの主演を降ろされたことだった。
家に帰ってきた父親は既に泥酔状態。
様子がおかしいことに気づいた母親は、すぐに雨宮を自室へやった。

「なんで俺が降ろされなきゃいけねぇんだよ!!」

声と共に、また大きな音と母親の呻き声。
その瞬間。開かなかったドアが開き、雨宮は部屋の外に出る。
目に入ったのは、頬を真っ赤にして倒れている母親の姿。

「優希っ!! あんたは部屋に入ってなさいっ!!」

ボロボロになった母親を見て、雨宮は呆然とした。
こんなこと、一体誰がやったというのか。
答えはわかっていても、思わずにはいられなかった。

確かに、喧嘩は絶えなかった。
だが、こんなふうに暴力を奮うなんてことは、雨宮の知る限りではなかったのだ。

「あんた……何してんのよっ!!!」

頭に血が上っていた。
父親に飛び掛って、それからのことは覚えていない。





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