14

「あー、美味かった」

あの日と同じ店。
あの日と同じように向かい合って座る雨宮と棚橋。

「ご馳走様でした」

すべての料理を食べ終え、二人は一息つく。
棚橋は煙草に火をつけた。

「あのときお前、ここで泣いたよな」
「うっ。嫌なこと思い出させないでくれる?」

棚橋の前で泣いたこと。
それは雨宮の中で汚点だった。
いつも強気な自分しか棚橋には見せていなかった。
あれは、初めて弱気な自分を見せた瞬間だった。

「なんで、泣いた?」
「な、なんでって……」

何故泣いたのか。
問われて雨宮は記憶を辿る。
自分はあのとき、何故泣いたのか。

「あのとき……あんた確かあたしに“そんなに俺のことが好きか”とかなんとか言ったよね?」
「そうだっけ?」
「そう。それであたし……」

その言葉を聞いた瞬間、雨宮の心はこれ以上ないほど揺れた。
グラグラに揺れた心は、涙となって零れたのだ。

「初めて実感したんだよ、あのとき」
「何を?」
「棚橋のこと……好きだって」

初めてだった。
その言葉を口にしたのは。
雨宮の顔は微かに赤い。

「そうか」

一言呟くように答えた棚橋。
その顔も、雨宮と同じように赤いのは気のせいか。

「俺な、まさか自分が生徒をあんなふうに食事に連れて行くとは思わなかった」
「え、何それ」
「線引きは完璧にしてると思ってた。生徒は生徒。誰一人として特別扱いする気もなかった」

それは、当然のことなのだろう。
棚橋のような職業の人間はそうでなければいけない。本来は。

「でもやっぱ……そういうわけにもいかねぇんだよなぁ。あんだけ、毎日一緒にいたら」

ドクドクと、雨宮の心臓が高鳴る。
棚橋の口から出てくる言葉に必死に耳を澄まそうとした。
だが、自分の心臓の音がうるさい。

「笑い飛ばすべきだった。お前が冗談で俺とデートしてもいいなんて言い出したとき」

そう、雨宮のその言葉がきっかけとなって、二人は一緒に食事に行った。
あのときがなければ、雨宮は今も棚橋への気持ちに気付いていなかったかもしれない。

「でも出来なかった。たぶん俺は……学校の外でお前に会いたいと思ってたんだろうな。
保健医としての俺じゃない、普段の俺で、生徒じゃないお前に会いたかったんだと思う」

自然と、雨宮は両手で口を押さえていた。
棚橋の言葉は、それは、とても遠まわしではあるけれど。

「棚橋、それって……」
「俺もあのとき、お前の涙見てようやく確信したんだ」
「何、を?」
「お前のことが、好きだって」

一気に、雨宮の瞳から涙が零れた。
それはずっと待ち望んでいた言葉。
ずっとずっと、夢見ていた言葉。

「本当はそれよりもっと前から予感はあった。でも、必死に抑えようとしてた」

そう話す棚橋は、いつも学校で見ていた彼とはどこか違っていて。
なんだかとても、すぐ傍に感じられた。

「悪いな、散々傷つけて」

小さく頭を下げて謝る棚橋。
そんな彼を見て雨宮はブンブンと首を振った。

「棚橋、あたし……あたし、これからもあんたに会えるの?」

卒業した今。
雨宮と棚橋を繋ぐものはない。
だが、気持ちが通じているのならば。

「あぁ、毎日は、無理だけどな」

そう言って棚橋は、穏やかに笑った。
雨宮の瞳からはただただ涙が零れる。

「なんなら毎日会えるようにするか?」
「へ?」
「いや、なんでもない」

意地悪く笑顔を作った棚橋は一人でくつくつ笑う。
雨宮はそんな棚橋にむっとした表情を見せる。
それを見た棚橋はまた笑う。

「どういう意味だっつうの」
「冗談だから気にすんな」
「いやだから意味を教えろ」

いつものようなやり取りを繰り返す。
雨宮はむぅっと軽く頬を膨らませ、そして次の瞬間、ぽかんと口を開けた。

「なんだそのあほな顔は」
「棚橋……あんたまさか、結婚、のこと言ってる?」

雨宮の言葉で、棚橋は水を吹き出しかけた。
その態度を見て雨宮はにやっと笑う。

「ふぅん。棚橋はあたしと結婚したいわけ?」
「ゴホッ、ゴホッ、お前なぁ」
「そりゃ棚橋ももう30だしね? そろそろ周りがうるさくなってくるかもねぇ?」

一気に形勢逆転。
今度は雨宮は棚橋を攻める。

「あのなぁ。今日高校を卒業したばっかの奴と誰が結婚なんかするか」
「じゃあ、いつならもらってくれんの」
「いつって……」

一瞬本気で考えてしまう棚橋。
それを感じ取った雨宮はケラケラと笑う。

「いつでもいーよ。いつかちゃんと嫁にもらってよ」
「……りょーかい」

それから二人は3年間のことを長々と喋った。






「棚橋、あのさ」
「ん?」

店を出て、棚橋の車に乗り込む。
もちろん棚橋は酒は飲んでいない。

「さすがに、まずいんでしょ?」
「何が」

雨宮の言いたいことがわからず、棚橋はハンドルに腕を乗せたまま尋ねた。
カーステからはゆったりとした音楽が流れてくる。

「いくらあたしが高校卒業したからって、今周りにあたしと付き合ってんのバレたらまずいんでしょ?」
「……まぁ、な」

それはあまりよろしくないことではあった。
別に悪いことはないのだが、世間の目というものは怖い。

「じゃあ、普通にデートとかは出来ないわけだ」
「まぁー……全然出来ないわけじゃないけどな」

そう言って棚橋は車のエンジンをかける。
すっとアクセルを踏み込んで、発進させた。

「じゃあさ、棚橋の部屋とか行ってもいい?」
「俺の?」

運転を始めた棚橋は雨宮を見ない。
だが視界に頷く雨宮が映った。

「別に、いいけど」
「よっしゃ。じゃあいいや」
「行くか? 今から」

また視界に、ものすごい勢いで自分の方を向く雨宮を捉える棚橋。
思わず笑みがこぼれた。

「いいの?」
「俺は別にどっちでも」
「行くー!!」

そして二人は棚橋の部屋へと向かった。





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