13

「棚橋おはよー!!」
「よぉ」

保健室のドアが勢いよく開き、雨宮が現れる。
髪の毛を高い位置に結び、ふわふわと揺らしている。

「よっしゃ!! さくっとやるよ!!」

そう言って雨宮は腕捲りをした。
鞄の中からワックスを取り出す。

「久々だな、棚橋の髪の毛弄るの」
「あぁ、そだな。1年ぶりくらいか」

雨宮に髪の毛を弄られ、なすがままの棚橋が答える。
今日の棚橋はスーツ姿だ。

「今日はきっと全校生徒に注目されるぞ」

楽しそうに雨宮が手を動かす。
棚橋はそんな雨宮の空気を感じ取りながら黙って目を閉じていた。

「今日が最後だもんねー。ちゃんとかっこよくしてもらわなきゃ困る」
「そうだな」

答えた棚橋に雨宮はふっと笑う。
そして一層楽しそうに棚橋の髪をいじるのだ。

「あたしの制服姿も今日で見納めなんだから、しっかり目に焼き付けときなさいよ」
「はいはい」

そんなやりとりを続け、雨宮は棚橋の髪をセットし終える。
一度棚橋の前に回り込み、全体のバランスを整えた。

「はい、完成」
「サンキュー」

雨宮は水道で手を洗い、制服を整える。
1年のときに切ってしまったスカートは今日も変わらず短い。

「んじゃ、また後でね!! 約束忘れんなよ!!」

そう言い残し、雨宮は颯爽と保健室を去っていった。
残された棚橋は鏡の前まで歩いていく。
いつもとは違う自分に、小さく笑った。





「棚橋っ!!」
「よぉ。お疲れさん」

そして、午後。
雨宮は保健室にやってきた。
右手にデジカメを持ち、肩にはいつも使っている鞄。
左手には一輪の花。

「あんた大盛況だよ!!」
「はぁ?」

こいつは何を言っているんだという目で棚橋は雨宮を見る。
雨宮はそんなもの構う様子もなく、ケラケラと笑った。

「皆して棚橋ってあんなかっこよかったっけ?! とか言ってんの!! 超ウケるわ!!!」

荷物をすべてベッドの上に置き、雨宮自身もそこに座る。
だがすぐに立ち上がり、戸棚に向かって歩き出した。

「これも、持って帰らなきゃな、そういえば」

ずっとその戸棚に置いていたコーヒーカップを手に取る。
2年のときに家から持ってきて、保健室にいるときは必ずそのコーヒーカップでコーヒーを飲んでいた。

「雨宮」

名前を呼ばれて、雨宮は振り返る。
棚橋は椅子から立ち上がって、雨宮の前まで歩いてきた。

「卒業、おめでとう」

今日雨宮は、たくさんの人にその言葉を言われた。
そのどれにも「ありがと!!」といつもの雨宮らしく答えた。
だが、今このときだけは。
棚橋にその言葉をもらったときだけは、何も言葉が出てこなかった。

「よくやったな。3年になってからは授業もサボらなくなったし」

棚橋はそっと雨宮の頭に手を置く。
雨宮は棚橋を見上げた。

「棚橋……」
「ん?」
「あたしもう、生徒じゃないよ」
「……あぁ、そうだな」

じっと、棚橋を見上げる雨宮。
その視線を棚橋は逸らすことなく受け止めていた。

「あんときあたしが言ったこと覚えてる?」
「さぁ?」
「覚えてんでしょ。ねぇ、教えてよ。今度はちゃんと……聞かせてよ」

いつかの約束。
いや、約束というよりは雨宮の宣戦布告。
この日のために、雨宮は真面目に授業にも出るようになった。
棚橋の口から、本心を聞く日だけを心待ちにしていた。

「あんたは、あたしのことどう思ってんの?」

向かい合った二人は、じっと見つめ合う。
棚橋は小さく溜息をついた後、雨宮に背を向けた。

「俺もよく辛抱したよなー」
「へ?」

張り詰めていた空気。
なのにそれとは全然似つかわしくない、棚橋の軽い声。

「棚橋?」
「……雨宮、飯行こうか」
「えっ」
「お前の卒業祝い。それと……あのときの、やり直しをしに」

棚橋の言う“あのとき”とはもちろん二人で食事に行ったときのこと。
雨宮はすぐにそれを理解し、大きく頷いた。





Copyright (C) 2008-2011 miki All Rights Reserved.