「あれ? 雨宮?」

柵に寄りかかっていた雨宮は、後ろから聞こえた声に振り向いた。
そこには、見知った顔があった。

「久しぶり、三吉」

一言そう言うと、雨宮はまた姿勢を元に戻す。
屋上から見える景色は、面白くもなんともなかった。

「どうしたんだ。お前がここに来るなんて珍しいな」

三吉の言葉に、雨宮は目を伏せる。
そんな雨宮に三吉は首を傾げた。



まだ、雨宮が保健室に出入りする前のこと。
雨宮はサボりたくなると屋上にやってきていた。
屋上には必ず先客がいた。
それが、三吉。
二人は何かにつけて屋上で授業をサボり、くだらない話をしていた。



「保健室に逃げ込むようになってからはここに来なくなってたのに」

三吉はそう言って雨宮の隣に歩いてくる。
雨宮と同じように柵に寄りかかった。

「棚橋と、なんかあったかよ?」
「なんで」
「別に。なんとなく」

それから二人の会話は途切れ、ただ静かな時間が流れた。
雨宮はただボーっと景色を眺める。
その横で三吉は携帯をいじっていた。

「なぁ、雨宮」

ふと、三吉が口を開く。
だが雨宮は応えない。

「お前、俺と本気で付き合わないか?」

三吉の言葉に、雨宮はゆっくりと彼の顔を見た。
三吉はにこりと笑って雨宮を見ている。

「本気、で?」
「そう。俺がお前のこと好きだってことくらい気付いてただろ?」

雨宮は言葉に詰まる。
確かになんとなく、そんな気はしていた。
冗談ぽく言われたことだって何度もあった。
だが、そのすべてを雨宮は流してきた。

「お前、特定の男はいないんだろ?」
「まぁ、ね」
「じゃあ、どう?」

そのとき雨宮は、棚橋のことを考えていた。
というより、棚橋のことがずっと頭を離れなかった。
あの日以来。

「三吉は、あたしを大事にしてくれるわけ?」
「おぉ、するよ」

三吉の言葉に、雨宮は一瞬泣きそうになった。
別に三吉の言葉に感動したから、とかではない。
自分の本当の気持ちを知ったからだ。

「大事に、してもらいたかったんだな、あたし。きっと」
「ん?」

なんのことかわからず三吉が首を傾げると、雨宮はふるふるっと首を横に振った。
そして三吉に対して向き合う。

「いいよ、付き合っても」
「え、マジで?」
「うん。三吉なら、いい」

三吉のことはよく知っている。
だからきっと、上手くやっていける。
雨宮はそう思った。
そう、思い込むことに決めた。

「サンキュ。すっげぇ嬉しいよ、俺」
「これからよろしく頼むわ」
「おぉ」






カラカラッと音がして、棚橋はドアに視線を向ける。
そこに立っていたのは1年生の生徒。

「どうした? 体調悪いか?」

1年生の生徒はこくりと頷くと、保健室に入ってきた。
棚橋はいつものように体温計を手に取り、生徒に手渡す。

「熱があるようなら帰っちまえ。ないなら1時間休んでけ」

そう生徒に言って、また仕事に戻る。
自分で淹れたコーヒーを飲みながら。
ふと戸棚に目をやると、そこには棚橋のものではないコーヒーカップ。
カップの持ち主は、もう2週間、この部屋に現れていない。

「センセ、雨宮先輩、ここに来てないの?」

突然、生徒がそう言った。
棚橋は少し驚いたがそれを気付かれないよう努めた。

「あぁ、最近来てないぞ」
「そっか。じゃあ、やっぱり噂は本当だったんだ」
「噂?」

いつの世の中にも、噂というものはある。
棚橋はそれになんの興味も湧かなかった。
彼は事実しか見ない。
だが、何故か気になった。彼女の言う噂がどんなものなのか。

「雨宮先輩、今三吉先輩と付き合ってるらしくて。二人で屋上にいるんだって」

三吉。
そう名前を聞いてもすぐには顔を思い出せなかった。
全校生徒の顔を把握しているわけではもちろんないし、進んで覚えようという気もなかった。

「そうか、あいつ……彼氏が出来たのか」
「うん。そうみたい。よく二人でいるところを見るって、友達が言ってた」

あの日が最後だった。雨宮の姿を見たのは。
二人で食事に行った、あの日。
雨宮は確かに棚橋の前で泣いた。
棚橋はその事実に驚き、何も出来なかった。
気がついたら雨宮は、店を飛び出していた。
それ以来、会話を交わすどころか、姿だって見てはいない。

「一部の生徒の間じゃ、センセと雨宮先輩付き合ってるんじゃないかって噂が立ってたんだよ」

生徒は少し枯れた声でそう話す。
体調が悪いと言うのに、何故そんな話をするのか。

「それはありえないだろ。ほら、熱あったのか?なかったのか?」
「……37.8℃」
「んー、まぁ帰れや。ゆっくり寝て明日ちゃんと登校しろ」

そうして棚橋はその生徒が早退する手続きを取って生徒を見送った後、ゆっくりと冷めたコーヒーを飲み干した。





Copyright (C) 2008-2011 miki All Rights Reserved.