「俺今日いろんな人に“誰?”とか言われたよ」
「そりゃそうでしょ。いつもと全然違うから」

雨宮と棚橋は、向かい合って座っていた。
二人の目の前には何品かの料理。

午後6時少し前。
雨宮の携帯に未登録の番号から電話がかかってきた。
出てみると、それは棚橋で。
数分待って棚橋が雨宮の家まで迎えに来た。
そして今、二人はレストランで食事をしている。

「そんな違うか?」
「だからー、あたしがセットしてやったんだから当たり前だっつうの」

講習会からそのままやってきた棚橋はスーツ姿のままで、髪型も雨宮がセットしたままだ。
いつもの棚橋とはやはり違う。
雨宮も一度家に帰って私服に着替えているため、学校にいるときとは印象は違う。

「いっつもそうだったらモテるよ、あんた」
「ふぅん。けど別に俺モテたいわけじゃないからな」

棚橋はそう言って料理を口に運ぶ。
そんな棚橋を雨宮はじっと見つめた。

「何?」
「いや、あんたさ、ホントに彼女いないの?」

雨宮が保健室によく出入りするようになってから、二人は色々なことを話してきた。
だが棚橋は、女の話は一切しない。

「いないって言っただろ」
「実はいたりするんじゃないの?」
「いねぇよ」
「ホントに?」

妙に突っかかってくる雨宮に、棚橋は訝しげな視線を向けた。
雨宮はすっとその視線を逸らす。

「雨宮?」
「なんだよ」
「俺はお前の学校の保健医だからな」

唐突に、棚橋が言った。
その言葉に雨宮は目を見開いて驚く。

「なっ、そんなんわかってるけど?!」
「ふぅん。ならいい」

棚橋が何を言いたかったのか。
それが理解出来ない雨宮ではない。
が、そんなふうに思われたのが悔しかった。

「あたし、別にあんたのこと好きなんかじゃないからね」
「はいはい」
「むかつくー」

線を引かれた。
保健医と、生徒。
それは今までだってわかっていたことだ。
そしてその関係に不満を持ったことは一度だってない。

「そんなこと言うくらいなら、今日なんであたしをここに連れてきたわけ?」
「ん? なんでだろうな?」

棚橋の答えは曖昧。
いつもするりとかわしていく。

「ホンットあんたって性格悪い。そんなんじゃ彼女も出来ないな」
「うっせぇよ。別に今はいらねーの」

最初の頃、雨宮が彼女について聞くと棚橋は「募集中」と答えた。
だが今ではきっぱり「いらない」と言う。
そこに何か棚橋の気持ちの変化があったのかと思うのだが、それを素直に教えてくれる棚橋ではない。

「お前こそ、彼氏は」
「別に男に不自由はしてない」

母のお店に来る客に、親しくしている人は山程いた。
告白だって、何度もされた。
だけど雨宮は特定の人間とは付き合っていない。

「全員遊びか」
「嫌な言い方すんな。そこまでチャラくないの、あたしは」

雨宮の心に、イライラが募る。
でもそれが何故だかわからなかった。
わからないから、逃げ出したくなった。

「あたし……帰るわ」
「は?」
「やっぱ店忙しいかもしんないし。手伝い行ってくる」

今日は母親に無理を言ってバイトを休んだ。
棚橋と食事に行くために、休んだのだ。

「いや、ちょっと待てよ。まだ食事途中だろ?」
「もういい。十分。だから帰る」

これ以上棚橋といてもイライラが募るだけ。
だったら帰ってしまえばいい。
雨宮はそう思った。

「じゃあ送るから待てって」
「いい。こっから店近いし」

歩けばすぐの所に、母親の店はある。
別に送ってもらわなければいけない距離ではない。

「お前な、いきなり拗ねるなよ」
「拗ねてねぇよ」
「拗ねてるだろ、明らかに。そんなに俺が好き?」

棚橋の言葉に、雨宮の心が揺れた。
その揺れた心は……。

「おい、雨宮……?」

涙となって零れた。







「優希、どうしたの?」

今日は休むと言っていた娘が突然現れて、雨宮の母親は驚いた。
母の弟である義昭もどうしたのかと近づいてくる。

「ごめん。今から手伝うから」

そう言って雨宮は奥へと入っていく。
母と伯父は二人で顔を見合わせた。

「姉さん、優希、泣いた?」
「あんたもそう思う?」
「目が少し赤かった。化粧も、若干落ちてる」

雨宮が消えていったドアを見つめて、二人はもう一度顔を見合わせた。





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