「あー、だりー」

呟きながら保健室のドアを開ける。
雨宮が毎日のようにここに通うようになって、どれくらいが経つだろうか。

「またお前か」

いつものように呆れた顔をした棚橋が雨宮を迎える。
立ち上がって白衣を脱いでいるところだった。

「あれ、棚橋出掛けんの?」
「あぁ、今日は講習会」

脱いだ白衣を椅子に掛ける。
今日の棚橋はいつもの服装ではなく、スーツ姿だった。

「あんたってやっぱ、素材はいいよね」

スーツ姿の棚橋は珍しい。
だがスーツ姿の棚橋は、いつもよりキリッとして見える。
素材が際立つ。

「素材とか言うな」
「ねぇ、髪ぐらい整えていきなよ」

そう言って雨宮は棚橋に近づき、彼を無理矢理座らせる。
肩にかけていた自分のバッグからワックスを取り出した。

「おい、何すんだよ」
「いーから。あたしに任せろ」

雨宮はとても楽しそうに棚橋の髪を弄り始める。
触ってみると棚橋の髪はとても柔らかく、ボサボサの割には指通りもスムーズだった。

「このワックス、いい香りじゃない?」
「柑橘系の匂いがする」

髪を弄られながら、棚橋は目を閉じる。
他人に髪の毛を触れるのは、どこか気持ちよかった。

「あたしも今つけてんだよ。まさかのお揃いだよ、棚橋」
「勘弁してくれ」

二人で笑い合う。
雨宮と棚橋の関係は、保健医と生徒と言うより友人のようなものだった。

「はい、出来上がり。講習会でもなんでも行ってこい」

そう言われて棚橋は立ち上がり、鏡の前まで歩いていく。
鏡に映った自分の姿に少し驚いた。

「それくらいだったらチャラい感じもしないし大丈夫でしょ?」
「おー、さすが女子高生だな。サンキュ」

ボサボサだった髪の毛は雨宮の手によってセットされた。
元々素材のいい棚橋は、どこから見ても“かっこいい”と言えた。

「今の棚橋ならデートしてやってもいいよ」

笑いながら雨宮が言うと、鏡越しに棚橋は穏やかに微笑む。
いつもは前髪に隠された目がしっかり見える。

「するか?」

いつもなら「アホ」と一蹴されているようなものなのに。
今日は冗談なのかそうじゃないのかわからないような口調で棚橋は言う。
雨宮は一瞬戸惑った。

「講習会、5時で終わるしな」
「冗談で言ってんでしょ?」
「さぁ? それはお前次第」

そう言っていつもの笑顔に戻る棚橋。
本気に取れなくもなかった。
雨宮は少し考えた後、机に置いてある棚橋の携帯を手に取る。

「雨宮?」

棚橋が不思議そうに声をかけても雨宮は無視した。
無視して、棚橋の携帯を弄る。

「はい、これ」

一通りの操作を終え、雨宮は棚橋に携帯を渡した。
棚橋が携帯の画面を見ると、そこには“雨宮優希”という名前。
そして電話番号とメールアドレス。

「登録しといた。終わったら連絡入れて」
「雨宮……」
「棚橋が言い出したんだからね? ご飯くらい奢れよ」

そうして雨宮は保健室を出て行った。
保健室に残された棚橋は、自分の携帯の画面に映る雨宮の名前を見て、そっと微笑んだ。





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