「棚橋ー!!」

ある日のこと、ドアを開けると同時に大声を上げた雨宮。
棚橋は「また来やがった」とでも言うような表情で雨宮を見やる。

「絆創膏ちょうだい!! 調理実習でやらかした」

どうやら珍しく授業に出ていたらしい雨宮。
いや、彼女がサボるのはほとんどが理数系の授業なのだが。

「バッカだなー。何やってんだ」

絆創膏を取り出しながら棚橋は笑う。
だがふと気付く。
雨宮は料理も一通りこなせる。
長年母親のお店を手伝っているお陰だ。
その雨宮が、包丁で指を切るなんて珍しいことではないか。

「……もしかしてまた、か?」

絆創膏を手渡しながら、棚橋は尋ねた。
雨宮はふっと笑って絆創膏を受け取る。

「あのくそ親父の所為であたしはこんなしょーもない怪我しなきゃなんないんだよなぁ」

あくまでも軽い調子で雨宮は言う。
棚橋はそんな雨宮を心配そうに見ていた。

「ったく。父親が俳優だからなんなんだっつうの。調子なんか乗ってねぇよ、別に」

雨宮は、時々ではあるがこういった嫌がらせをされることがある。
それは決まって、「父親が俳優であることを鼻にかけているから」らしい。
実際はそんなことはまったくなく、雨宮自身は父親のことを毛嫌いしている。
だが雨宮の父親は相当有名な俳優なのだ。

高校に入学した頃には雨宮の両親は離婚していた。
が、同じ中学出身の人間からその話は広がり、ほぼ全校中の人間が知ることとなった。
だから雨宮の周りには、入学当初は人が山ほど集まった。
皆ミーハー根性丸出しで。
だが雨宮はそんな輩たちをまるで相手にしなかった。
そのことが、どうやら癇に障ったらしい。
入学して半年も経たない内に、雨宮は体中に小さな傷や痣を作るようになっていた。

「やることが低脳過ぎるな」
「棚橋もそう思う? マジでくだらねー」

ぐしゃっと絆創膏のごみを手の中に握り潰し、雨宮は呟く。
そのごみをゴミ箱へ投げると、それは見事にゴミ箱に入った。

「で? 授業へは戻るのか?」
「いや、もうやる気なくした」
「だろうと思った」

そうして雨宮はブレザーを脱ぎ、棚橋に押し付ける。
自分はそのままベッドまで歩いていき、横になった。

「何作ってたんだ、調理実習」

雨宮のブレザーをハンガーにかけ、尋ねる。
カーテンを引き、雨宮の姿は見えなくなった。

「んー、今日はハンバーグ」
「お前がいなくなって大丈夫なのか」
「なんとかなるっしょ」

カーテン越しに二人は会話を続ける。
棚橋は仕事に戻り、雨宮は布団の中で丸くなる。

「親父さんには、会ってないのか?」
「会うわけないじゃん。あいつバカみたいに仕事してるし」

離婚してしまったとは言え、実の父親を“あいつ”呼ばわり。
棚橋は、雨宮の家の事情をそこまで深くは知らない。
何故雨宮の両親が離婚したのか、そこまでは知らないのだ。
だから、雨宮は何故父親を毛嫌いしているのかも、知らない。

「……俺食いたかったな。ハンバーグ」
「あはは。家庭科室行ってきな。もらえるかもよ」

そうして会話は途切れた。
保健室には棚橋のペンが滑る音しか聞こえなくなった。




カーテンで区切られた空間の中で、雨宮は一人、静かに涙を流した。





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